大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(行ツ)50号 判決

東京都中央区日本橋本町二丁目三番地一

上告人

有限会社阿部祥美堂

右代表者代表取締役

阿部耀子

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

海法幸平

東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地

被上告人

日本橋税務署長

高橋照忠

右指定代理人

二木良夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和四七年(行コ)第二五号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和四九年三月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤義行、同海法幸平の上告理由一について

収用等に伴う借家権の消滅は公共目的のため強制的に行われるのに対し、本件借家権は上告人がその自由な意思により裁判上の和解をしたことにより消滅するに至つたものである。したがつて、右両者間の右のような顕著な差異を無視して、本件借家権の消滅を収用等に伴う借家権の消滅の場合と同一に取り扱わなかつたことに違法はないとした原判決には憲法一四条の解釈の誤りがあるとする所論違憲の主張は、その前提を欠くものといわなければならない。原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係及びその説示に照らし正当として是認することができる。そして、原審の右認定判断は、所論引用の判例の趣旨にそいこそすれ、これに反するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同三について

所論の点に関する原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨)

(昭和四九年(行ツ)第五〇号 上告人 有限会社阿部祥美堂)

上告代理人佐藤義行、同海法幸平の上告理由

一 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の解釈の誤りがある。

(一) 原判決は、「収用等の場合は、強制譲渡であり、かつ公共の利益のために行なわれるものであつて、本件の場合と事情を異にしており、被控訴人が本件課税処分に当つて本件を収用等の場合と同一に取扱わなかつたからといつて違法ということはできない」旨判示し、控訴人(上告人)の土地収用法等の規定によつて借家人が失う借家権については、資産性を認めて当該借家人に交付された補償金で土地等を取得した場合についてのみ当該補償金を対価補償とみなして租税特別措置法六四条二項二号を適用し、(昭和三八年六月二九日付直審(法)一五六号国税庁長官通達)、その余の借家人の借家権について資産性を認めないことは法の下の平等に反する旨の主張を排斥している。

ところで、土地収用法の適用によつて借家権が失われる場合であろうと任意協議合意解除によつて借家権が失われる場合であろうと、借家権が失われるという事実又は法律関係に差異はない。問題は「借家権」が資産と認められるべき資産性があると社会経済的側面から法律的に評価し得るか否かであろう。してみると、前記通達は、収用等の場合には借家権を資産として認め、「転居先の建物の賃借に要する権利金に充てられるものとして交付を受ける補償金について」益金の額に計上しないことを認めながら、収用等以外の場合には資産性を認めない取扱いが租税政策的に適法であるか否かに帰すところ、借家権が、いわゆる賃借権の物権化的傾向とあいまつて、資産性を有することは今日一般に認められるところであつて、前記通達が借家権は資産性はないが収用等の場合に限つて資産性を擬制したのではなく、借家権に資産性があるが故に立退補償金と借家権を対価補償とみなしたものに外ならない(ちなみに、前記通達は当該法人が借家権を資産として計上していたことを要件としていないことに留意しなければならない)。

さすれば「借家権」という財産上の権利について、一方では資産として認め他方では資産として認めないということに何らの合理性もなく明らかに憲法一四条に反する。

(二) このことは、担税力の面から考えても明らかに憲法一四条に反する。

即ち、従前建物賃借権を有していた法人が、当該建物より退去するに際して立退料若しくは立退補償金を取得し、従前の建物に相当する建物を賃借するためには、相当の敷金、権利金等の経済的出捐を余儀なくされることは都市生活における公知の事実であるところ、収用等によつて立退くこととなつた借家人たる法人が、当該補償金に課税されるならば、新たに賃借権を取得するための右敷金等の支払資金に窮することとなり、このことは補償金をもつて権利金等の支払いをすることによつて、税金の支払に充てるべき資金のないこと、換言すれば直接的担税力に欠けるものと考えられたが故に前記通達が発せられたものであつた。

果して然りとすれば、収用等によると否とに拘らず立退料等をもつて新たに建物賃借権取得のために権利金等の支払をする者(法人を含む)にとつて担税力を欠くことは差異はない。

(三) これを要するに、(1)借家権に資産性があるか否か、(2)転居を必要とする借家人に担税力があるか否かは、当該借家人の賃借権消滅の事由が強制譲渡であるか否かとか、公共の利益のために行われるものか否かと何等の関係もないことがらであつてこれを理由に「本件の場合と事情を異にしており、……本件課税処分に当つて本件を収用等の場合と同一に取扱わなかつたからといつて違法ということはできない」とする原判決は憲法一四条の解釈を誤り、本件課税処分を適法と解したものであつて、判決に影響を及ぼすこと明らかな憲法解釈の誤りがある。

二 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな判例違反の誤りがあり、ひいては事実誤認の違法をおかしている。

(一) 第一審判決添付の土地目録第一記載の土地(以下第一土地という)の売買契約による土地所有権と右同目録第二記載の土地(以下第二土地という)の賃貸借契約による賃借権との等価交換契約に至る経過概要は原判決の理由二、記載のとおりであるが、上告人としては昭和二五年二月泉物産株式会社(訴外会社)との裁判上の和解が成立して後、特に昭和三八年頃から幾度か旧店舗の明渡を求められ、継続的な紛争状態となつていたため偶々訴外会社から店舗用敷地の提供が受けられそうであつたので、これに応じて話合いをすることになつたものである。

ところで右賃借権の設定、交換については従来上告人が有する権利は店舗賃借権であつたので右土地賃借権の取得については税金問題がどうなるか、という点について上告人会社の顧問税理士に相談し、共に調査したところ租特法六五条の六の規定があることがわかり、これが適用の有無が訴外会社と和解が出来るか否かの重大な問題点であることがわかつた。そこで上告人会社の元代表者(亡阿部多仁雄)は右税理士と相談することは勿論、税務に関する文献(甲号証として提出したもの)を調査し、更には所轄税務署である被上告人や東京国税局を尋ね、本件に関する税務相談を受けた。その結果は同署内の担当者の解答としても肯定的な意見があつたので既述の和解契約の締結を実行するに至つたものである。

(二) 本件第一土地の所有権と本件第二の借地権との交換は前記のとおりの事情から上告人は租税特別措置法(以下措置法という)六五条の六の適用要件を全べて充足する契約を締結し、これを裁判上の和解によつて明確にし、且つその履行確保を企図したものであることは原判決もこれを認めるところである。

そうだとすれば、訴外会社が真実第一土地の所有権を上告人に金二〇〇万円をもつて売渡す意思がなかつたとしても、上告人はこれを真実買受ける意思を有し、現にこれを買受けたうえ、第二土地の賃借権とを交換する意思をもつて交換した以上、これをもつて虚偽表示ということは出来ない。何故なら虚偽表示とは法律行為の当事者が相手方と通じてなす真意でない意思表示をいうのであつて、一方当事者が真意で法律行為をなした場合をも包含するものではないからである。

本件において、訴外会社が第一土地の所有権を譲渡する意思がなかつたとせば単なる心裡留保であつて、本件和解を無効ならしめるゆえんではない。

上告人は単に第二土地の賃借権を取得するのみであるならば多額の租税(法人税)負担に耐えられないところから、かかる契約をなす意思は全くなく、措置法六五条の六(昭和四九年改正前)の買換えの特例要件を全べて充足する意思をもつて本件和解が成立しているのであるから仮装行為でも虚偽表示でもなく、また現に第一土地と第二土地の賃借権は右和解によつて交換され、現に上告人において第二土地を賃借している以上、第一土地の売買代金の支払の有無並びに売買契約の有効、無効を判示すべき筋合でもない。何故なら「税法の見地においては、課税の原因となつた行為が……法令解釈適用の見地から……無効とされるかどうかは問題ではなく、税法の見地からは課税の原因となつた行為が関係当事者の間で有効のものとして取扱われ、これにより現実に課税の要件事実がみたされていると認められる場合であるかぎり、右行為が有効であることを前提としして租税を賦課することは何等妨げられないものと解すべきである」とするのが一貫した判例の態度である(昭和三八年一〇月二九日最高裁第三小判決税務訴訟資料三七号九一九頁等)。

(三) してみれば、上告人も訴外会社も本件和解の無効を主張せず交換による第二土地の賃貸借が現に継続中の本件において、ことさらに第一土地の売買の無効とそれを前提とする、第一土地と第二土地の交換の無効を課税庁において主張すること自体失当であり、原判決も被控訴人の右無効について判示することは、判例違判のそしりを免れないところで有る。納税者(上告人)に有利な非課税要件事実についてのみ、当該法律行為の有効無効を問題とし、納税者に不利な課税要件事実については、その無効であるか否かを問題としないということは、租税法律主義と法的安定性の見地から許されないところと言わねばならない。

果して、しからば原判決は右の点において、判例違反をおかし、判断し得ざる事項について判断し、且つ事実誤認を結果している。

三 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の誤りがある。

原判決は、「原判決理由三は、当裁判所の判断と同一であるからこれを引用する。」旨、判示しているところ、第一審判決は「右借地権の取得につき……その取得年度における原告の所得の計算にあたつては時価によつて、その価値を評価したことに違法はなく借家権は原告の会計処理上資産に計上されていなかつたことが認められるので、所得の計算にあたり、その時価による喪失損のみをあげるわけにはいかない」と判示している。

一体、何故に「借家権が会計処理上資産に計上されていなかつた」ことによつて、現事に喪失した借家権と言う資産の喪失が損金に計上し得ないのであろうか。案ずるに借家扱が資産の部(借方)に計上されていない以上、これを喪失しても貸方に仕訳する方法がなく、受けた利益たる借地扱のみが借方に計上されるのだと言う、のでもあろうか。もしそうだとすれば法人税法二二条二項の「……無償による資産の譲渡……無償による資産の譲り受け……」が収益の額に計上されることもあり得ないことになるであろう。

このことは明らかに法律の明文に反して許され得ないと言わねばなるまい。即ち資産の得喪、益金、損金、の額は会計処理上、通常の仕訳にしたしむか否かで法人税法は収益及び損金計上の可否を規定していないことは、右法条に照して明らかであつて、原判決は法令の解釈を誤つた結果、仮りに借地権相当額を収益の額に計上すべきであるとしても、これに対応して損金に計上すべき借家権の額を控除しなかつた違法があることに帰し、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

以上

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